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2009.10.27 Tuesday

フィクションとノンフィクション

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    中禅寺湖畔の紅葉
    映画「沈まぬ太陽」の舞台挨拶で渡辺謙が号泣している姿がTVで放映された。多くの困難を乗り越えての完成と言うことで感極まったらしいのだが,その「困難」とは何だったのだろう。
     これは山崎豊子の同名の小説を映画化したものだが,小説が発表された当時から,色々と物議を醸していた作品なのだ。作者は「事実を取材して小説的に再構築した内容」と言っているが,ということは,これはノンフィクションのように見えるが実は「フィクション」なのだと言うことになる。

     賛否両方の報道を(もちろん全てではないが)色々見てみると,問題は簡単ではないようである。登場人物にもモデルがおり,航空会社や,航空機事故も実在している。にもかかわらず,「これはフィクションです」と言ってもそれは素直には納得できない。
     作品のテーマは,(公式ホームページに依れば)
    「30年間,企業の不条理に翻弄されても絶対に諦めなかった男
     仕事とは,家族とは,人生とは・・・
     苦悩する現代社会に投げかける,壮大な人間の叙情詩」
    であり,
     大企業という巨象に立ち向かったスーパーヒーローの物語である。

     主人公をスーパーヒーローにするための「再構築」がかなりあったようであるが,それは小説や映画の醍醐味でもあり,良くある話だ。ただ,穏やかでないのは,そのために「悪者」にされた個人や会社だ。
     物語としてはその方が面白いのだが,やはり当事者としては割り切れないだろう。

     一般的に我々は,小説を読んだり映画を観たりする場合,自分をそこに同化させるからこそ,心が動かされるのである。「単なる作りごと」としてとらえるならば,面白みも感動も半減してしまう。その辺を,作家や映画監督は巧に利用するのであって,それに成功した作品がヒット作となるのである。

     誰もが知っている大きな事故や事件を題材にしておきながら,作品を面白くするために創作を加え,「これはフィクションです」と言うのは,やはりフェアーではない。そこには,重大な事故や事件を題材にすれば,それだけ注目度が上がり,出版物の売り上げや映画の入場者数の増加に繋がるという計算が見え隠れする。

     この映画化に当たって,日本航空からは全ての協力を断られたそうだから,日本航空側の思いもそうとうなものがあるようだ。

     我々にできることは,作品を十分に楽しみながらも,フィクションをノンフィクションと誤解するようなことがないように心することだろう。
     
    コメント
    「沈まぬ太陽」について述べたブログを見つけました。モデル小説としてもバイアスがひどいと言っていますね。

    http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51298954.html
    • 2009.10.29 Thursday 05:24
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